なんでもシステム管理者(日本酒大好き!)

システム管理者兼何でも屋をやってます!日本酒にはこだわりを持ってます。多趣味ですが、その時間がなかなか取れないという悩みが・・・

行ってきました!! 「釣り仙人の渓(たに)」

「釣り仙人の渓」
それは、ある釣り雑誌の小さなコラムで読んだものだったかと思う。なぜか今は、どの雑誌だったか、いつ読んだのかも思い出せない。
 そのコラムに載っていたのが、九州の山深い宿に泊まった釣り人が、そこで釣り仙人の話を聞いたと言う記事だった。なぜか、その記事に無性に惹かれ、はるばる九州の山深い宿までやって来た。
 
 目指す宿にたどり着き、そこで確かに釣り仙人の話を聞けた。しかし、仙人が住むのは、そこからさらに電車やバスを乗り継いだところだった。全く土地勘がないにも関わらず、なぜか不安もなく、釣り道具だけを持って、仙人の住む里に向かった。ローカル電車を何度か乗り換える道のりだ。途中で乗っていた6両編成の列車が、2両ずつ切り離されて、目的地に行くには、一番後ろの2両に乗るよう、アナウンスがあった。一旦ホームに降り、他の人と一緒にドアが開くのを待っていた。ドアと反対側を向いていて振り返ると、いつの間にかドアが開いていて、他の乗客は皆乗っていた。慌てて、乗り込むとすぐに発車だった。危ない、乗り遅れるところだった。こんな、田舎で乗り遅れたら次の列車がいつになるか、分かったもんじゃない。幸い、席は空いていたので、座ると旅の疲れが出たのか眠ってしまった。眼が覚めると、乗り換える駅の手前だった。
そこで、乗り換えた電車は、通常よりも小さな車両だった。田舎の列車らしく、ガタンゴトンとゆっくり走るのかと思っていたら、目の前に急な下り坂が見えて来た。すると、まるでジェットコースターかのようなスピードでその坂をローカル電車が降っていった。一瞬恐怖を感じたが、なぜか楽しもうという気持ちになって、その後の急カーブも楽しめた。
 そして、無事目的の駅に着いた。しかし、ここから、先どう行けばいいのか当てがない。我ながらよくもまぁ、こんな目処の立たない旅をしているものだと呆れた。駅前でぼおっとしていると、地元の人らしい軽トラのおじさんが声をかけてくれた。「どこに行きたいんかね?」釣り仙人のことを話すと、「それやったらわしの家の近くやから、とりあえず家まで乗せたげるわ。」との有難い申しでだった。
 車に乗ってしばらくすると、おじさんの家に着いた。おじさん曰く、この辺りで釣り仙人を見かけることがあるので、この前の川で釣りしていたら、会えるかもしれないとのこと。てっきり、釣り仙人の所まで連れていってもらえると早とちりしちいたので、少々がっかりしたが仕方がない。ここまで連れて来てもらっただけでも大感謝だ。ふと、空を見上げると、陽が傾きかけている。愚かな事に帰りの電車の、事を全く考えていなかった。どう考えても今日中に宿まで戻るのは無理だ。
私の心配を察したのか、おじさんが、「この前には路面電車が走っていて、手をあげれば停まってくれるから、それで行けるよ。結構本数はあるし。」と言ってくれた。
だが、こんな田舎で路面電車?しかも本数がある?にわかには信じがたいが、それをどうのこうの言っても始まらない。とりあえず川に降りようとして、その時に気づいた。メガネがない!電車で寝ている時に落としたのか、盗られたのか?サイフと携帯は?と気になり確認したが、大丈夫だった。だが、メガネがない事には釣りにならない。
おじさんに、その事を告げると、「この辺は空気がええから、大丈夫見えるよ。やってみ!」と言われた。空気がいいのと、目が見えるのとは、関係ないと思うのだがおじさんがニコニコして自信ありげなので、とりあえず川に降りて準備をする。釣り糸を結んだりする作業が出来ないだろうなぁ?と思いつつ、やってみると意外な事にスムーズに糸を結ぶことができた。本当に空気がいいおかげなのか?
 準備ができて川の流れを見る。夕まずめにかかり始めたいい時間帯だ。すぐ前でライズが見える。久しぶりに巻いたパラシュートフライをライズのやや上流に送り込む。久しぶりのキャストで我ながらぎこちなかったが、その割にはうまくいった。そして、ライズ!竿を立てると、グッと重みがかかる。デカイ!しばらく格闘して、ようやくネットに納めると尺を言うに超える大イワナだった。後ろで拍手が聞こえたので、振り向くとおじさんがいた。
 「お見事でした。キャストから、合わせ、取り込みまで、なかなか立派な腕前ですな。釣り仙人も驚きの腕前ですよ。魚はこのタライに入れられたらいい。」
「いえいえ、今のはまぐれです。それと、タライは有難いのですが、持ち帰る準備をしていないので、リリースしようかと思います。」
「そうか、じゃあ私に頂けないかな?」
「わかりました、もちろん結構です。」その後、30分ほどの間で十匹のイワナを釣り上げる事ができた。最後の一匹をネットに納めた頃にはもう、すっかり暗くなっていた。
おじさんといっしょに川から上がると、「宿はどこだい?」と聞かれた。
「清流庵です。」と答えると
「そこなら、知っている。少し遅くなると連絡してあげよう。」と言って家の中に入っていった。
有難いが、少し遅くと言う程度で行けるのだろか?おじさんの言っていた路面電車が走っている様子は全くない。
と、不安そうにしていると、おじさんが戻って来て、「連絡ついたよ、さぁ行こう。」
キョトンとしていると、「これが路面電車だよ。」とニコニコしている。
おじさんの言う路面電車は軽トラのことだったのか!それも驚きだが、何時間もかけて電車を乗り継いだ距離を送ってもらうのは、あまりにも申し訳ない。そう言うと、「峠を越える近道で行くと電車よりずっと早いんだよ。」とのこと。自分に他に選択肢もないので、申し訳ないが好意に甘える事にした。
おじさんの家を出て、すぐに山道を入っていった。なるほど確かに超近道っぽい。舗装などなく、地元の人以外、いや地元の人でもなかなか通らないのではないかと言うくらいハードな道だった。そんな山道を1時間ほど走るとようやく人里を感じる道路に出て来て、しばらくすると、無事に清流庵に着いた。丁重にお礼を言って、宿に入ろうとすると、おじさんがこれを持って行きなさいと袋を渡された。「君の釣ったイワナだ、宿の人に渡して焼いてもらうといい。それと、これをあげよう、部屋に着いたら見るといい。」
 そう言うとおじさんは軽トラに乗り込み去って行った。一瞬、空を見上げて視線を戻すともう、軽トラは見えなくなっていた。
そこで、ふと気づいた、今日釣りは堪能出来たけど、当初の目的である釣り仙人に会う事をすっかり忘れていた。まぁ、でも楽しい釣行ができて充分満足だった。
 
そして、宿に入りおかみさんに戻りが遅くなった事を詫びた。
すると、おかみさんは「そんな事気にしなくていいよ、ご飯用意するから、先にお風呂にどうぞ、源泉かけ流しの温泉だから、疲れも取れるよ!」
「ありがとうございます、それとこれ、今日釣って来たイワナなんですけど、焼いてもらえますか?他のお客さんにも分けてあげてください。」
「まぁ〜。大漁ねぇ。分かったわ。」
 
そして、風呂に行くとこじんまりとしているが、感じのいい露天風呂で、お湯の質も良く疲れが抜けて行く気がした。
 
さっぱりして、食堂に行くと、豪華な食事が出来上がっていた。自分の釣ったイワナが見事な塩焼きになってる。隣のテーブルでは、イワナを肴に一杯楽しんでいる人たちがいた。目が合うと、向こうの人が「ご相伴に預かってます。」とイワナを指差しながらほろ酔いな感じで挨拶をくれた。
「どうぞ、召し上がってください。」と返事した。おかみさんが、山菜たっぷりの味噌汁を入れてくれた。あったかい、野菜の旨味が身体に染みる。
「たんと、おあがり。」おかみさんが優しく言ってくれる。そこに、横のお兄さんが、「あんさん、いけるクチかい?」と手にしていたのは、一升瓶だった。ラベルはない。ありがたく頂く。「旨い!これは、鍋山ですね。」
「あんさん、相当な酒好きやね〜〜、ラベルも無いのに、よう分かりはった!」
「これは、雄町?でも八反錦の雰囲気もあるような気がします。精米歩合は55%ほどですか?」
「完璧や、あんさんその道のプロですか?」
「いえいえ、ただの酒好きです。」
「この酒は試験的に造った雄町と八反錦のブレンドですわ。気に入った、なんぼでも、呑んで!」
「ありがとうございます!」
 
「さぁさぁ、料理も冷めんうちに食べてよ!」
 
「はい、頂きます。」
 
「ところで、あんさんええ型のイワナばっかりやけど。どこの川に行ったんですか?」
 
「それが、川の名前は聞いていなかったんです。釣り仙人を訪ねて、ここから電車を乗り継いで、そこで知り合ったおじさんに連れてってもらったところなんです。そこで夕まずめだけ釣って暗くなったので、ここまで車で送ってもらったんです。」
「釣り自体には満足な結果なんですが、マヌケなことに釣り仙人に合うとことをすっかり忘れていたのが残念です。」
 
すると、おかみさんが
「あなた、まだ気づいてないの?」
 
「えっ、何をですか?」
 
「あなたは目的を果たしたのよ。」
 
「??」
 
「あなたをここまで送ってくれた人が釣り仙人なのよ。」
 
「まさか!自分が釣り仙人を探していることも話したのに!何も言われませんでした。」
 
「そう言う人なのよ、なにせ仙人なんですから。」
 
「明日、もう一度行きます。」
 
「多分無理よ、この地図を見て、あなたがどこをどう行ったか分かる?」
 
「電車を乗り継いだので、そこから辿れば分かるはずです。」
なぜか??、乗った電車の線が地図にない?
 
「でしょ、車で送ってもらった道も見当付かないでしょう。きっと、この世の道ではなかったのかもよ。釣り仙人はね、自分の認めた釣り人だけを招くらしいわ。」
 
「あなたは、目的を果たしたのよ、この辺の川もいい釣り場だから、明日はゆっくりとこの辺の川で楽しんだらいいわよ。」
 
「あんさん、すごいな、釣り仙人に認められた釣り人なんて!とにかく飲もう、釣り仙人バンザ~イ!!」
 
「そうや、俺が釣ってきた小さいイワナがあるから、素焼きにして骨酒にしよう!」
 
もう充分呑んでいたが、骨酒と聞いて、杯を重ねた。
 
めい一杯食べて呑んで、部屋に戻った。あのおじさんが釣り仙人?にわかには信じられない。だが、地図を見ても場所が分からないし、何時間もかけて移動したはずのルートが見当たらないのも不思議だ。何より帰りに送ってもらった山道がいくら近道と言っても早すぎる。やはり、人の力を超えた仙人のなせる技ということだろうか?釣り仙人の話を知った時には、山奥にこもった釣りの達人くらいに思っていたのが、まさか本当に仙人だなんて!
そこで、ふと思い出した。宿に入る前にイワナと一緒に渡されたもの。まだ、中身を確かめていない。
中を開けると、小さな箱と手紙が入っていた。
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拝啓
釣り人殿
 
はるばる遠くから我が渓によくぞいらっしゃった。久しぶりの渓流釣りは、いかがでしたか?楽しかったでしょう。イワナも旨かったでしょう。この川で育ったイワナの滋養が身体に効いているかと思います。足腰の具合はどうですか?痛みは消えているのでは無いですか。それと、あなたにはもう不要でしょうが、メガネをお返ししておきます。
 
また機会があれば今度は一緒に釣りをしましょう。この手紙は釣りに行かれる際には懐に入れるようにしてください。
 
免許皆伝 
               釣り仙人
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本当にあのおじさんが釣り仙人だったんだ。
同梱の箱を開けるとメガネが入っていた。手紙に書いてあったように、確かになくても問題なく手紙が読めた。携帯の細かい文字も見える。本当にきれいな空気のおかげで良くなったのだろうか?
それに、長年苦しんできた腰痛と足の痛みも今は感じない。仙人の力なのか?そもそも釣り仙人には足腰が痛いと言う話はしていない。この手紙の文面もまさに今読むことを分かっていたかのようだ。不思議なことだらけだ・・・
 
色々と考えているうちに、眠ってしまっていたようだ。外が薄っすらと明るくなりかけている。今日の、昼過ぎには帰路につかねばならないので、この朝まずめを逃してはいけない!慌てて、身支度をして、竿を持って部屋を出ようとして気づいた。釣り仙人の手紙を持って行かないと!大事に懐にしまい、下に降りるとおかみさんがいた。
 
「おはようございます、昨晩は遅い時間までご馳走さまでした。」
 
「なんのなんの、それが私のお仕事です。それに、釣り仙人に認められた釣り人を無下に扱うわけにはいきませんよ。朝ごはん食べに戻るのも時間が惜しいでしょうから、このオニギリを持っていきなさい。荷物は部屋に置いといたらいいからね。」
 
「ありがとうございます!」
 
「他の方は、車で移動しているから、意外とすぐ前辺りが狙い目かもね?」
 
「分かりました。」
その通り、宿の前の川に降りたところで、第1投目でライズ!しっかりとフッキングすると、型はさほどでもないが、きれいなヤマメだ。その後も順調に五匹釣り上ったところで、いい感じの木陰があったので、おかみさんに作ってくれたオニギリで朝ごはんにした。
川のせせらぎを聞きながら、うまいオニギリ、何という贅沢な時間だろう。
その後も順調に釣り上がり、10m程の滝と滝壺にたどり着いた。うまく巻いて行けば、この上も行けなくはないが、もう充分に堪能した。ここで、無理して怪我でもしたら、元も子もない。この滝壺が今日の折り返し地点で、ゴールは愛妻の待つ我が家だ。滝壺からの流れ出しにフライを流すが反応がない。徐々に滝の近くに向けてキャストしていく。滝のそばまで、投げて反応が無ければ今日はもう上がろう。そう、思った矢先にライズ!反射的に合わせると竿にぐっと重みがかかる。相当大物だ。ラインを巻いては、逃げられと、かれこれ30分はかかっただろうか?やっとの事でネットに入れた。だが、ネットに収まりきらない。40cmオーバーの大イワナだ。持って帰って食べたらきっと、うまいだろうが、何故だかその気にならなかった。この、大イワナはきっとこの滝壺の主だ。主を連れ去っては行けない。そんな気がした。フックを外し、そっと、逃すと静かに深みに向かって行った。その後、突然滝壺でジャンプをした。
ありがとう、と言って川から上がろうとしたら、
「よしよし、それで良い、これからも達者でな、釣りも、人生も楽しめよ!」と釣り仙人の声が遠くから聞こえた気がした。
振り返って、対岸に流れ込んでいる沢の向こうに、釣り仙人の川の景色を感じた。
 
「昨日はお世話になりました、ありがとうございました。」と一礼して川を上った。陽は上がっていて、強い日差しに夏を感じた。
 
宿に戻るとおかみさんが、お昼の準備をしていた。
 
「あんた、次の電車で帰るんやろ。まだ時間があるから、これ食べて、ひとっぷろ浴びてから帰りなさい。駅までは送ってあげるから。」
 
言葉に甘えて、お昼をいただき、荷物をまとめて、風呂に入った。
たった、一泊の旅だったが、中身の濃いものだった。
 
今日釣った魚を土産に帰ろう。
 
おかみさんが、「これ昨日あなたが釣り仙人の川で釣ったイワナよ。この前の川の魚ももちろん、美味しいけど、釣り仙人の川のイワナは別格よ。一匹残しといたから奥さんに食べさせてあげなさい。」
 
「ありがとうございます。」
 
「それと、荷物になるけど、持って帰って。昨日一緒に飲んだひとからよ。」
と、一升瓶を出してくれた。
「お酒?」
 
「あの人は鍋山酒造の蔵元なの。味の分かる人に飲んでもらいたいって、今朝、蔵まで取りに戻って持ってきたのよ。」
 
「うわ〜〜、ありがたいです。直接お礼を言いたかったなぁ。」
 
「それと、これは私から。この辺で取れた山菜の漬物よ。そのお酒のアテによくあうわ。」
 
「ありがとうございます。」
 
「そろそろ出ましょう。乗り遅れたら、大変だわ。」
 
「はい、お願いします。」
 
そして、久しぶりの渓流釣りが終わった。電車に乗った途端、心地よい疲れを感じ、電車の揺れに誘われて眠りについた。